一陽来福。Soil,Soul,Societyな日々。

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愛のある沈黙。

だれでも愚かなときはある^^

そんな時、まわりはいろんなカタチで知らせてくれました。

辛辣さ・優しさ・沈黙。
なんにしても、愛がないことには心に響き残りはしないようだ。

愛があろうが無かろうが、時にはどちらにしてもズタボロに傷付いたような気になってた事もあったようにも思うけど、不思議と愛の無いものは忘れてしまった。
あれほど腹が立ったり泣いたりしたものもあったようだけど、なんだったか忘れてしまった。

なにより私には、愛のある沈黙がことさら堪えた。
ただ沈黙の中ほほえんで愛を捧げてくださった方のことを、なんだか思い出してこの数日を過した。


まだ高校生の若い頃。学校の先生に紹介されて、とある禅僧の方を訊ねていった。

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夏休み。山の本山の塔頭に、老齢なその方はご婦人と共に静かに暮らしておられました。
入院をしていたけれど、元気になり退院をされてわざわざお時間を作ってくださったのでした。
私はまだ子供で、超常的な能力があると聞いていたその方に、不思議な話を聞いたり、悩みを相談したりしてみたかったのですが、
お返事は^^
「私も昔、若い時分はそんな事をやっていたこともありますが、悩みはその人の為にあるものなのに、可笑しなことをしていたものです」
と笑っておられました。

遠くまで訪ねてきたのに何にも質問がなくなってしまい。いきがって、これならどうだ!とよく考えもせずに「死」についての質問などしてしまった。バカな奴です。

その方はただ静かにほほえんでだまっていました。

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そののち一ヶ月も経たないうち。
その方が亡くなったという知らせを受けました。
あのほほえみを思い出すと、つきささるようでした。取り返しのつかない恥ずかしさと後悔で、転げまわりたくなるような、のど元を掻き毟りたくなるような思いにかられ、無知で残酷な己の愚かさを知ったときでした。



でもいま、何十年も経って残ったものは、その方から受けた深い静かな愛でした。
その方の愛はまるで山のようで、底にゆくほど裾野のように広がって、深く強くそのカタチを観ずることができます。根底に流れるのは海のような、繋がっているものだろうか?

そしてあの後いただいた手紙を、そっと読み返す。
その方のま綿のようなあたたかいものが、ふっと胸にふれると、ただハタハタと涙がこぼれて仕方がなかった。
ありがたいという思いしか浮かばなかった。



私もこんな不動の愛を身につけたい^^
人の中に何をみようとも、静かにほほえんで愛を貫きたいもんです。というお話でした。

ここに亡き恩人禅師に、感謝を捧ぐ。

またこの思いに至るお題を与えてくださったKさまにも感謝を。。


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by art_of_living_i | 2009-03-31 22:54 | 心の旅

身近な人に学ぶ心

色白で、ぽっちゃりふわふわ^^
いつもにこにこ。
ときどき見かけると、何か人のためのことをこっそりとやっている。ご近所のお年寄りさん。
でも可愛くてとても若くみえるのです^^
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私は今の場所に住み始めて、ちょうど4年くらいでしょうか?ご近所付き合いや、もちろん同じマンションの方とも仲良く?するほうなので、ある時お茶に呼ばれ、その方の人生のお話をお聞きする機会をいただきました。

その時まで、ふんわりほわほわしたその方に、そんな人生があったなんて想像もしていませんでした。
ご自身のガンをやっとのことで、乗り越えたとき、ご主人が倒れられました。
一命はとり止めたものの、余命3日と宣告されたそうです。
でも大好きなご主人。ここで死なせては女がすたる!と、暫く病院で必死に看病し、食事もみな作ってなんとかもち直し、その後も治療費の為に、外で働いたこともないその方が商売を起こし、昼も夜もなく働いて、病院の食事を一切取らないご主人のために、食事をつくり病院へ通う毎日。睡眠は2時間ほどだったということです。
でも、その甲斐あってか余命数日といわれた命が、11年もの命になったのでした。
お話をきくと、病院ではとても楽しい様子でした。病院に暮らしていても、いつも朗らかで、茶目っ気たっぷりのご主人だったそうです^^愛していたんですって^^
どんな状況にも、朗らかに受けとめて生きてゆくその姿に、私は尊敬でいっぱいになりました。

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敬虔な在来仏教の方なので、今では一人、黙々ご家族とご先祖のお供養をしておられます。
その方は供養に感謝を捧げていると、いいました。
一人で黙々と供養するうちに、自然にそうなったといいます。
実はこの方に感謝のお茶のお供養を教えていただいたのでした。
そして、もしできる環境になくっても、湯気のたったお茶を自分がいただくとき、お先にどうぞと真心を差し上げたらいいよ。お茶でなくても、ご飯でも、始めはできることからでなんでも、ささいでも感謝の真心をさしあげることからはじめれば^^と微笑むのです。
素敵な方です。

実はほん身近にも素敵な人が、たくさんいてくださる。というお話でした。



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by art_of_living_i | 2009-03-25 01:30 | 心の旅

大自然と神祭り。

こどものころ。
山で育った私は、野に山に自然の中をかけまわっていた。
大きな山があるせいか、人々は無信心だとかいいながら、お山と呼び、ありがたがっている土地だった。
死んだら魂はお山にいくのかな?と幼い私もおもっていた。

陽に透ける黄金色の稲の穂が山の裾野に広がる。
ぽかん。と流れて行く雲の大きな影を追いかけて野原を駆けたこと。
山からの強い風に、だんだん畑のまだ青い麦たちがうねるように揺れると、まるで風の姿を観たように思ったこと。
大きくくっきり半月の弧を描いた虹の端っこを追って、皆で畑を渡って探検などしたこと。
今も胸にまざまざと呼び起こすことができる。
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神さまは山であり川であり空であり、大自然そのもので、
自身の小さな胸の中にも、大宇宙が広がっていて神さまとつながっていると信じていた。
そして各々の自身の中に、神さまは住んでいるのだと。。。

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我が家は無宗教だと母は言っていたけれど、朝早く起きて、神棚のお水とお仏壇のお茶と、夕方にお稲荷さんのお世話をするのが、小さな私の日課だった。
お稲荷さんというと、あからさまに蔑む人もいるけど、田舎では稲の神さまであり自然の一部であるので、正直意味がわからない。
そして毎晩眠る前に、今日一日のありがとうございます。と、ごめんなさい。をお祈りするのが、我が家の普通だった。

神さまというと、お願いをするのが一般的なのかもしれないけれど、もの心ついた時には、神社はお願いをするところではないと躾けられていたし、子供を脅しつける為でもあるのだろうけれど、地域のお祭りは子供には楽しみでもあったが、毎年のように祭りの最中に大雨がきて人が亡くなることもよくあって、怒らせると怖い、畏怖の存在でもあった。だから個人のお願いなんて、怖くてした記憶があまりない。
こどもなりに一生懸命考えて、いつもありがとうございます。とか神恩感謝か神願成就のたぐいになった。

こんな背景があって、
日々、神さま(自然)の恩恵に感謝を捧げる習慣がいまにも繋がっています。


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by art_of_living_i | 2009-03-20 19:03 | 心の旅

おいしいもにょ^^

あたたかいごはん。あたたかい野菜たち。
を頂くと、元気になるのはなんでだろー♪
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今日はいつも美味しい自然食ごはんを提供してくださるオーガニックレストラン・マチャプチャレさんのランチをご紹介。
いつも写真を撮ろう撮ろうと思って出かけるのに、はっと気付いたら食べ終わっているのです~あれ~?
今回もちょっと食べはじめちゃってから慌てて撮りました~

うえの写真はほんの一部。今、今の話なのに、また写真撮るのをすっかり忘れてもくもく食べちゃったわけなんです。ガツガツしてはりますなーじぶん^^;
あと、おかのりののりあえと、椎茸のみそのせ焼き、たっぷり根菜のお汁でした。
もともと江戸時代からつづく八百屋の八百勘さんがつくったマチャプチャレさん。手間かけて育てられたおいしい有機のお野菜たちを頂くことができます。ありがたいことです。

今、名物ママのふみこママがネパールから帰ってきてるので、運のよい方はふみこママごはんが食べれるかもしれません^^
もちろんうららちゃんの美味しいケーキとごはんもいただけます。
最近は健介くんもシェフ?修行がすすんでいるようで、いろいろ作ってくれてますよ。


ふ~。じつは最近ちとばてていたのです。
でも美味しいごはんは心を豊かにしますな~
すごいことです。

いつもありがとうございます♪八百勘さん&マチャプチャレさん^^

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by art_of_living_i | 2009-03-10 21:54 | うまいもん

心あるお手伝いをする。

ボランティア。
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というと、とてもたいそうで、私にはまだとても至れぬ道です。
なのでほんとささいな、できる範囲のお手伝いを心がけるようにしています。

家族とは遠くに離れていますし、必然的に知らない人のお手伝いもするのですが、これがなかなか恥ずかしさとの戦いですかね~^^
ちっぽけな、本来あたりまえの働きをわざわざ紹介するのも、さらに恥ずかしいですね。
でもこれが、人との共生を取り戻す、第一歩と思っているので~

例えば、重そうな荷物を運ぶとか、ドアを開けるとか、出しにくい自転車出してあげるとか、電気の球取り替えるとか、アパートのフロア全体を掃除するとか、ご近所さんに水を運ぶとか、かたたたきに訪問するとか、そんな事です^^;
これを相手の身になってお手伝いさせて頂く、”お手伝いさせて頂いてありがとー”と終わる。

ただこんなささいなことでも、感謝をキーワードに働くと、ものごとが続きやすく、心がしっかり根付くようになってっくるように最近感じるのですよ。
不思議なのです。

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by art_of_living_i | 2009-03-09 01:26 | 心の旅

川のお掃除から先祖供養へ。

川のお掃除から先祖供養。???^^
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不思議な話で、何の繋がりか?と思われる事でしょう~
川掃除の体験は、自然に生かされていることへの感謝が湧き起こった体験だったのですが、
今生かされている事へのありがたさは、同時に命を繋げてくれたものへの感謝にもなりました。
そこには、家族。祖父、曽祖父、曾祖母たちへとさらに繋がってゆきます。
そんな時に、たまたま小笠原へ旅したらどう?と友人からすすめられました。
実は祖父は小笠原で生まれ育ち、島への思いを残したまま、心重く辛く本土で亡くなっています。
遺品を灰にして、島へ渡り一緒に故郷を旅しようと思い,先祖供養の旅にでかけました。
島の方にはとても良くして頂き、中には祖父をかすかに覚えていてくださった方にも出会えました。
何となく、小さな丘のような森を背負っていて、眼前には農地と海が広がる所が良いと思い、あと蓬莱の海辺へ灰を撒き、私なりの供養としました。
その時もただただ、命を繋げてくれたことに『ありがとうね』という思い、今ここに生きているのは祖父のお蔭と、ただ感謝の思いでいっぱいになりました。
そして初めて、感謝を捧げることが供養になるのでは?と手ごたえのようなものを感じたのでした。

そんな頃、ご近所のお年寄りの方とのお茶のみ話から、感謝のお茶のお供養を教わりました。
そのあたたかい何かと、感謝を捧げる作法が、とても気に入ってはじめてみました。最初は期限をきるのが良いよ。と教えて頂いていたのですが、そうこうしているうちに家族が亡くなり、お茶のお供養も一年半ほどになります。もう永久に続けるのではないかな?^^
その後、感謝を捧げる3本の線香のお供養というものに出合いました。
お茶のお供養では、漠然と、足りない。と感じていた頃であり、この三本目に深く感銘を受けたのでした。
まず2本の家系の祖のお供養に加えて、ご縁ある諸霊の方々へのお供養となります。
お供養は作法として捧げるのであれば、きちんと調べてから作法にのっとることをお勧めします。

ただ感謝を捧げる分には、いつでもどこでも、何でもどうぞ^^自由だと思います。

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by art_of_living_i | 2009-03-05 21:10 | 心の旅